きょう、野暮用で東京・板橋区内をそぞろ歩いていて、信号待ちの時、ふと、区の掲示板に目がとまりました。
板橋区立美術館の「発信//板橋//2016 江戸-現代」展のチラシです。
そして、無残に錆びた画鋲を打たれながら 左側中央部に載っているのは、
わが敬愛する山口晃画伯の「新東都名所『芝の大塔』」ではありませんか
この作品、私も持っています
ポスターとか額絵とかポストカードではなく、手刷りの、エディションナンバー入りの「ホンモノの木版画」を
自宅の玄関を入ると、同じく山口画伯の「新東都名所 東海道中『日本橋改』」と並んでいます。
へぇ~、私が持っている作品の「兄弟」(木版画ですから)が美術館に展示されているなんて、前代未聞の出来事です
板橋区立美術館は、ちょっと寄り道すれば行けるところにありますし(私の通勤・帰宅ルートに近接)、駐車場もあります。
きょう片づけなければならない用事がないわけではないけれど、 美術館に立ち寄るくらいの余裕はあります。
そんなわけで、野暮用を済ませた私は、板橋区立美術館へとクルマを走らせました。
ほとんど勝手知ったる道と、ちょっとだけ初めての道を通って、板橋区立美術館の駐車場に到着
実は私、板橋区立美術館にが来たのは、今回が初めて
板橋区立美術館が浮世絵を初めとする江戸美術の良いコレクションを所蔵していることとか、場所とかはかねてから存じ上げていて、美術館の前を素通りした(ちょうど展示替えのタイミング)こともあったのですが、どうもkこれまで縁がなくて…
でも、遂にやって来ました、板橋区立美術館
で、驚いたのは「発信//板橋//2016 江戸-現代」展の観覧料。
なんとなんと、400円
良いのですか、こんな値段で…
そして、「発信//板橋//2016 江戸-現代」展の内容もまた、観覧料 400円にしてはあまりにも楽しかった…
山口さんの作品7点を観られただけでも元が取れてお釣りを出したいくらいでした
まず、久しぶりに「Tokio 山水(東京圖 2012)」を間近からしげしげと、思う存分拝見できましたし、私が山口さんを意識し始めるきっかけとなった「百貨店圖」シリーズを3点、これもまた間近からしげしげと、思う存分拝見できました
そして、私も持っている木版画2点(「新東都名所『芝の大塔』」と「新東都名所 東海道中『日本橋改』」)も
エディションナンバーは何番だろう と思ってガン見すると、作品左下に書かれていたのは「HC」の2文字。
??????だったのですが、帰宅して調べると、こちらのサイトによれば、
H.Cとは、フランス語のオル・コメルス(hors commerce)の略で、非売品の意味です。
元は、版画の販売用の見本として作られた物ですが、現在は通常限定番号以外で、販売元が余分に販売できる版画作品に付けられます。
通常限定の3~10%くらい作られます。
例えば、限定100部の作品なら、3~10枚ほど作られ、販売される版画です。
そして、純粋に見本のためだけの作品には、SANPLE(見本)の文字のスタンプなどを押した物が使われます。
通常限定の作品も、H.C の作品も、全く同じ刷りで、版画の価値は同じです。
だとか。
なるほど…。両作品とも「限定150点」だと思っていたのですが、「限定外」のもあったんだ…
ただ、最後のパラグラフに救われる思いです
でも、私が持っている作品に比べて、この展覧会で展示されている作品は、ちょっと色鮮やかな気がするんだけど…
ライティングの違いなのかな…
それはそうと、他の出品者の皆さんの作品も、なかなか楽しめました
奥畑美奈さんの作品は、付け爪を蒔絵にしてしまう発想もさることながら、その作品の精緻華麗さといったら「あごおとし」 レベルで、そんじょそこらのネイルアートとは別次元のアートでしたし、清塚紀子さんの「D氏の旅行記'79」(星新一のショートショートのタイトルにありそう)なんか「お持ち帰り」したかったし、深井隆さんの木彫は一見銅像のようでありながら展示室に漂う芳香から木彫であることを感じられることが新鮮な感覚でしたし、、、と、かなり楽しく、刺激に満ちた展覧会でした。
ただ難を言えば、深井隆さんの作品と川島大幸さんの作品のモチーフが共に「枯山水」でダブってしまったこと、会場が薄暗すぎて 奥畑美奈さんの作品がよく拝見できなかったこと、展示室の壁が針穴だらけだったのが残念です
最後の点は、昨今の公立美術館の厳しい財政事情を察すると厳しいことを書きづらいのではありますが、もうちょっと何とかしていただきたい ものだと思います。
このように、細かい点を除けば、かなり満足して板橋区立美術館を退出する前に、トイレに寄りました。
と、あれ? 何やら違和感が…
右から2番目のこちらの便器だけ、なぜ他と違う?
いわく、
泉水 Fountain
1993 ミクストメディア
牛波 NIU-Bo 1960-
ここにある牛波の「泉水」は、便器として使用する作品です。
1917年、マルセル・デュシャンは「泉」と題する作品を発表しました。
デュシャンは日用品である便器を、唐突に美術作品として提示してしまったのです。それまで美術作品は、作家によって作り出されるモノでしたが、デュシャンは日用品の見方を変え、新たな題名をつけることで便器を美術作品にしてしまいました。当時、狂気の沙汰といわれたデュシャンの芸術観念こそ、今日の現代美術の父ともなっているものです。
牛波の「泉水」は、デュシャンの冒険をもう一度元の形に戻してしまうという概念を作品にしています。便器として使用する私たちの行為が現代美術の歩んできた美術史を顕彰すると考えると、どこか愉快ではないでしょうか。
とのこと。
私としては、デュシャンの「泉」も、ましてや牛波の「泉水」も、大したものとは思えないのですが、ここでふと思い出したのは、2009年早春に京都・アサヒビール大山崎美術館で 観た「さて、大山崎~山口晃展~」のこと。
安藤忠雄氏によるコンクリート打ちっ放しの展示室で展開されていた山口氏の「壁面見立」シリーズは、もしかすると、「デュシャンの冒険をもう一度元の形に戻してしまうという概念を作品に」の「試み」、あるいは「オマージュ」、あるいは「パロディ」だったのではなかろうか
そんなことを考えながら、駐車場の愛車のもとへ足を進めたのでありました。
それにしても、埼玉県立近代美術館のコインロッカーといい、この板橋区立美術館のトイレといい、現代美術の鑑賞ってのは、油断も隙もあったもんじゃない…
【追記】山口さんの新作「オービタル ランドルト環」のことを書くのを忘れていました
この作品、タイトルになっている「視力検査用の一部が欠けた円」というよりも、禅画の題材になる「円相図」っぽい。ところが、よくよく観ると、線のなかに何棟もの建物がうっすらと描かれています。
「視力が良ければそれが見える」という意味で「ランドルト環」なのか(ランドルト環の場合は「視力が良ければ無いことが判る」のだけれど…)、はたまた想像力としての「視力」を測る絵なのか… (2016/12/11 7:05)






