つれづれなるまゝに 日くらしPCにむかひて 心に移りゆくよしなし事を
そこはかとなく紫煙に託せば あやしうこそものぐるほしけれ

今年の博物館・美術館めぐりの最初はトーハク (前編)

きのう、別邸から本宅戻ってきたわけですが、きのうのうちにきょう午前予約を入れていた東京国立博物館(トーハク)にでかけてきました。

お目当て、恒例の「博物館に初もうで」と、表慶館でこぢんまりと開催中の特別展「日本のたてもの」

とりわけ、「日本のたてもの」展は、建築模型ドサッと展示されているというので、建物好きの私としては見逃せません

約3ヶ月ぶりとなる上野公園は、緊急事態宣言下で、上野動物園閉園中ということもあってか、閑散としていました。

そして、トーハクも、これまで見たことがないほどに閑散としていました。

でも、観覧者としては、避けられるので好都合でした。

さて、「日本のたてもの」展第一会場の表慶館に入ると、エントランスでは法隆寺五重塔一乗寺三重塔石山寺多宝塔が出迎えてくれました。

トーハクでの「日本のたてもの」展では、第二会場の平成館ガイダンスルーム首里城正殿を含め、19の模型が展示されていましたが、3つを除いて、他はすべて1/10の縮尺で、それぞれの大きさの違いを実感できるのがイイ
例外は、1/20サイズの松本城天守1/5サイズの如庵縮尺不明明治度大嘗宮
見事なまでに「1/10」で統一されているのですが、図録によると、

文化財建造物摸造事業の模型は、基本的に1/10縮尺で製作している。この縮尺で模型を製作することは古代から続いてきたもので、模型をもとに実際の建物を作る際には、寸を尺に、尺を丈にするだけで容易に換算できる利点がある。(中略)
このような1/10縮尺の模型の古代の例として、元興寺極楽坊五重小塔(国宝・奈良時代)と海龍王寺五重小塔(国宝・奈良時代)がある。現存する古代の五重塔と比較すると、両小塔はおおむね1/10縮尺と考えられ…(以下略)

だそうな
そういえば、大和ミュージアム戦艦大和の模型1/10だったっけ…(訪問記)

ところで、展示されている19基の模型のうち、私が実物を拝見したことのある建物は、9件もありました。
150年前に建てられて、1回切りの儀式(大嘗祭)終了後には壊された「明治度大嘗宮」は、そもそも拝見することは叶わないわけですが、その代わり、「令和度大嘗宮」は拝見しましたので(見聞録)

実質、半分以上現物を見ているといえるのではなかろうかと…

でも、なぜか唯一撮影不可だった「明治度大嘗宮」の模型は、素木が清々しかった「令和度大嘗宮」とは雰囲気がまるで違いました。主要な建物や廻廊の屋根は茅葺きで(令和度は経費節減のため板葺き)、原始的というか、神秘的というか、1400年以上も守り伝えられてきた秘儀の式場として近づきがたい風情を漂わせていました。

   

去年2月の記事「コロナウィルスにも負けず出かけてきた #1」で、東京都内に存在(保存)する国宝の数は日本一だけど、国宝建造物2件しかないということを書きました。
迎賓館赤坂離宮が国宝指定されるまで、都内唯一の国宝建造物だった建物の模型が展示されていました。

東村山市にある正福寺地蔵堂のカットモデルです。
この堂宇は、室町時代応永14(1407)年建立だそうですが、まだ実際に拝見したことがありません。
ぜひ遠からぬ時期に訪れてみたいものです。

一方、拝見したくてもできない建物の模型もありました。

春日大社本社本殿です。屋根の上の千木の先端までは拝見したことがありますが、全体を拝見することは、私が春日大社の神官にならない限りは不可能です

ところで、春日大社本社本殿4棟は、江戸時代末期文久3(1863)年に造替されたもので、国宝としては新しい建物です。
現地(春日大社)で見た説明板によれば、

当社は奈良時代から連綿と式年造替が行われ、その都度神殿は伊勢神宮と同じく新造されてきたが、幕末に行われた第53次の御造替を最後に国宝に指定されたため、それ以降は屋根・塗装替え及び部分修理をもって造替にかえ今日に及んでいる。

だそうです。
国宝に指定されると、それなりの不自由が生じるものなんですな…

もう一棟、現時点では拝見できない建物の模型がこちら

首里城正殿です。

この模型は、

首里城正殿は昭和2~7年に解体修理が行われ、大正14年国宝指定、昭和20年戦災により焼失した。模型は解体修理に参加した知念朝栄昭和28年に製作した。

だそうで、1992年に再建された際には、この模型が活躍したはず。

そして、次の再建でも活躍するんでしょうねぇ

というところで一息入れます。

つづき:2021/01/20 今年の博物館・美術館めぐりの最初はトーハク (後編)