年末関西旅行記(その2)大津の巻<上>のつづきです。
大津市歴史博物館から三井寺(みいでら)こと長等山園城寺(おんじょうじ)までは、ほんの目と鼻の先。案内看板に沿って歩くと、すぐに到着しました。
今回の旅行では、楽しみにしていた場所Best 3に入ります。
そのきっかけは、昨年11月、NHK 新日曜美術館(今は「日曜美術館」)の「秘仏公開 ~三井寺 天台密教の至宝~」を観て、是非一度行ってみたいと思ったことでした。
そもそも、私が滋賀県内を歩き回るのは、これが2回目というか3回目というか(前回は、夕方頃に米原に到着して友人2人と琵琶湖畔のホテルに泊まり、夕食を摂るべく閑散とした夜の彦根の街をさまよい歩き、翌日は朝から天皇賞<春>が行われる京都競馬場に突撃という無粋な旅)、それほど近江とは縁が薄く、大津には京都から電車で10分ほどで来られるという土地勘さえもありませんでした。
それはそうと、三井寺の話。
私は、三井寺の金堂にいたく感銘を受けました。予想を裏切るすばらしさです。
檜皮葺(ひわだぶき)の屋根の優美かつシャープなラインと、その色調、これまで見た建築物の中でも一二を争う美しさでした。
金堂は、慶長4(1599)年に、北政所(豊臣秀吉夫人、ねね)によって再建されたものだそうですが、私が持っている乏しい「桃山時代のイメージ」とはかなり様相が異なります。こんなシンプルな単色系のものもあったんだ…。
特に、この軒先のシャープさはどうしたものでしょうか。日本刀の美しさに通じるような気がします。
境内では、大晦日&お正月に備えて、着々と準備が進められていました。
大晦日といえば、三井寺といえば、やはりこれでしょう
実は、この鐘楼内にも作業員さんが入っておられたのですが、その姿はトリミングさせていただきました。
ところで、この長等山園城寺の通称「三井寺」は、天智・天武・持統の三天皇が産湯に使われたという泉が湧いていることから「御井(みい)の寺」と呼ばれていたことから来ているのだそうで、その泉がこちら。
泉を護る覆屋「閼伽井屋」の格子の隙間から撮ったこの写真の左側(写っていません) では、今でも水が湧き出していまして、時折、ごぼごぼっという音を響かせていました。
ちなみに、下の写真の手前が「閼伽井屋」の屋根で、奥が金堂の屋根です。「閼伽井屋」は金堂が再建された翌年、慶長5(1600)年(関ヶ原の戦いがあった年)に建てられたものだそうですが、こちらはいかにも桃山風ですな。
この日の大津は、どういう気象状況のためなのか知りませんが、飛行機雲が幾筋も描かれていました。
三井寺を後にして、京阪坂本石山線の三井寺駅に向かって歩く途中にも、ほら
この飛行機雲なんて、4発ジェットだということ(747型ジャンボ機)が一目瞭然です。
飛行中の飛行機を見上げる私の頭の中では、
頭の上では 飛行機が飛んでる
と、MISIAの「Color of Life」が鳴り響いているのでありました。
「大津の巻」は、年を越して、まだ続きます。
つづき:10/01/01 年末関西旅行記(その4)大津の巻<下>






