先週の日曜日、「初もうで」に出かけてきた東京国立博物館(東博)のお話の最終回です。
今年の「博物館に初もうで」のフライヤー(「前編」をご参照方)はかなりPOPで、真ん中には「鯛のひらき」(?)があしらわれています。
このモチーフとなった作品がこちら
説明板を転記しますと、
袱紗(ふくさ) 紺繻子地鯛模様 江戸時代・18~19世紀 アンリー夫人寄贈
袱紗とは、江戸時代に贈りものの上にかぶせる袷仕立ての四角い布で、表には日本の伝統的な吉祥模様が刺繍や友禅染で美麗に装飾された。この袱紗には、二尾の鯛がデザインされ、夫婦仲良くおめでたい、という意味が込められている。
と、正月らしくおめでたい作品です。
おめでたいといえば、こちらの書もまたおめでたい
「文孝七歳」と署名が入っていますが、この作品は、
(佐藤)一斎が7歳の時に隷書で書いた文字。おそらく篆書で書かれた別の作品と一緒に書かれたものと推測される。すでに7歳にして篆書・隷書を極めた一斎は生まれながらの儒学者と言えようか。
だそうで、現代で言えば小学1年生が書いたものなんですと
江戸時代末期の儒学者・佐藤一斎の書は、もう一点展示されていまして、それがこちら。
「福寿」を書いてから67年を隔てた、一斎74歳(当然、数え年)の作品です。
「74歳」なんて、今よりも寿命が短かった当時、かなりのご長老っぽく感じられますが、この一斎先生は70歳にして昌平黌の儒官(総長)に就任し、88歳で亡くなるまで活躍されたかくしゃくした老人だったようです。
つぎは、大好きな鈴木春信の作品「追羽子」。
と、こちらの作品に、、、アレ
ちょいと雰囲気が春信と違うし、なによりも「湖龍画」と書かれています。
この作品は、礒田湖龍斎の「風流十二節・元旦」です。
Wikipediaには、
鈴木春信の直接の門人ではないが、顕著にその影響を受けた絵師の一人であり、春信没後もその型からなかなか抜けきれなかった。
書かれていますが、確かに…。
説明がなくて、ぼんやりと見ていたら、春信の作品かと思いそうです。
「中編」で書いたように、「博物館に初もうで」では長谷川等伯の作品が2点展示されていましたが、等伯のライバル、狩野永徳の作品も展示されていました。
「許由巣夫図(きょゆうそうほず)」です。
聖帝堯(ぎょう)の天下を譲るという申し出を聞いた許由は、耳が穢れたと水で耳を洗い、巣父は、その穢れた水を牛に飲ませず、牛を牽いて帰ったという。高い位を嫌う理想の高士のたとえ。
とのこと。
牛を連れた巣父を描いた左の作品がイイ
脈絡がなくて申し訳ないのですが、次に徳川第14代将軍・家茂所用と伝えられる「鎧直垂 萌黄地毘沙門亀甲模様」を紹介しましょう。
陳列ケースに寄って観ますと、毘沙門亀甲文様が鮮やかです
日本の礼服といえば、色は黒と相場が決まっているものです。
服の色に関しては、昔はそうでもなかったようですが、刀の拵(こしらえ)は別で、
正式な裃姿には、黒漆塗りの鞘、黒糸の柄巻(つかまき)、赤銅の鐔の拵が慣例となった。日常には好みのさまざまな変り塗の拵が用いられた。
そうで、ある意味地味、またある意味威厳を発する「黒漆大小(くろうるしのだいしょう)」が目を惹きました。
笄や目貫に使われている「三葉葵」が、更に威厳を高めているようですな。
ということで、例年に比べて、ちょいと見所に欠く感がなきにしもあらずの今年の「博物館に初もうで」見聞録、これを持ってお終いです。
東博の新春特別公開は今週末で終わり、来週からは東博の2つの特別展「クリーブランド美術館展─名画でたどる日本の美」「人間国宝展―生み出された美、伝えゆくわざ―」と東京都美術館の「世紀の日本画」がコラボする「日本美術の祭典」が始まります。

これは見逃せませんナ
帰り際、表慶館の銅板葺きの屋根がキレイでした








