「小樽のウミネコはホバリングしていた(その1)」のつづきです。
小樽での一番のお楽しみ日本銀行旧小樽支店「金融資料館」に向かって歩く途中、心ときめく建物に出くわしました。
切妻造りのようでいて、寄せ棟造り(を真ん中で切った)のようでいてなんとも面白い形をしています。
旅行後に調べたところ、この建物は林業関係の商社&メーカー(らしい)の新宮商行という会社の本社だそうな。
創業は1906年(明治39年)、この本社社屋は現在の場所に移転した1919年(大正8年)に新築したものだといいますから、築90年の年代物です。
それにしては、「かなり程度の良い物件」ですな。
100年を越える歴史を誇りとして、丁寧に手入れして使っているのでしょう。
白い壁がいかにも北海道の歴史的建造物らしくてよろしゅうございます。
この新宮商行本社から旧手宮線跡を挟んだ隣りの建物が、これがまた…
壁の面積に比べて異常に大きな四角い窓、インターナショナル・スタイルってヤツです
地図によればこの建物、市立文学館・美術館とのことですが、とてもそうした施設として建てられたものとは思えません。
案の定、2つの看板に合計3つの施設名が書かれていました。
「市立小樽文学館」と「市立小樽美術館」、そして「小樽地方貯金局」
やはり元は郵政系の建物だったんですな。
こちらのサイトによりますと、
旧小樽地方貯金局は、1952(昭和27)年に建設された。日本の近代公共建築を牽引してきた郵政建築の第一人者・小坂秀雄が手がけた戦後小樽の最初の鉄筋コンクリート造の建物。地上3階・地下1階。この後、各地の郵政建築・公共建築の基本となったといわれている。
だそうです。
日本銀行旧小樽支店(金融資料館)の中の話はまたまた後回しにしまして、次の建物にまいりましょう。
でも、外観の写真を1枚だけ載せておきます。
やはり、いい
次にご紹介するのは、旧小樽地方貯金局と「その1」で紹介した旧北海道銀行本店との間にある三井物産旧小樽支店です。
べつやくれいさんによれば「白と黒なら、だいたいパンダ」だそうですから、これは間違いなくパンダビルと言えるでしょう(上野にはこちらの記事で書いたように「パンダ石」がある)。
1937年(昭和12年)に建てられたこのビル、仮に黒御影石と白タイルのパンダではなく、コンクリート打ちっ放しだったら、さぞかし陰気な建物になっていたことでしょう。
つくづく、パンダは偉いと思う今日この頃です。
旧北海道銀行本店と旧北海道拓殖銀行小樽支店との間に、小樽郵便局があります。
レトロモダンな街並みに溶け込んだたたずまいですが、意外なことに竣工は1956年(昭和31年)とかなり新しい(もちろん、相対的に)建物です。
この交差点に向き合う小樽郵便局(1956年)、旧北海道拓殖銀行小樽支店(1923年)、旧第一銀行小樽支店(1924年)、旧三菱銀行小樽支店(1922年)のうち、前者3つでは交差点に向いた角に入口がつくられているの対して、旧三菱銀行小樽支店だけが異色の存在になっています。一番古い建物が仲間はずれにされた感じで、ちょっとかわいそうな気がします。
つづいては旧越中屋ホテル。
1931年(昭和5年)に、越中屋旅館が外国人専用に建てた別館だそうで、時節柄、アールデコしています(時代の最先端)。
この建物はちょっと前まで「小樽グランドホテルクラシック」として役だったようですが、本体の小樽グランドホテルともども、経営不振のため、2年前に廃業してしまった由(こちらをご参照方)。
地方都市の悲哀を感じます…
気分を変えて、明るい建物を観てみましょう。
この日の朝に観たばかりの札幌の豊平館(記事はこちら)を思い起こさせる明るいブルーの建物は、旧通信電設浜ビルです。
こちらのエントランスにもアールデコの装飾がありました。
1933年(昭和8年)の竣工と、旧越中屋旅館よりも3年新しいだけに、アールヌーボーの残り香が消えて、もろにアールデコしています。
次は、旧荒田商会。
一見、煉瓦造りのようですが、説明書きによれば「木造」とのこと。
「木造・煉瓦張り」ってやつでしょうか。
ちなみに竣工は1935年(昭和10年)です。
続いては、数多い倉庫の中から旧大家倉庫。
1891年(明治24年)に建てられた「木骨石造り」の倉庫で、小樽市指定歴史的建造物の第1号です
かなり古い倉庫ですが、何度も修復を重ねて現在に至っているようです。
放っておくと、こんな風になってしまうんですな
できることなら、小樽の建物の話は今回でおしまいにするつもりだったのですが、まだ終わりません
もしかすると日本銀行旧小樽支店(金融資料館)の話は次の次になってしまうかもしれません。
すみませんねぇ、だらだら続いてしまって…
実は、今夜から南九州旅行に行ってきます。
一応3泊4日なんですが、往路が夜の飛行機しかとれなかったため、実質2泊3日です。
そろそろ旅支度をしなければなりませんので、この辺で失礼します。
つづき:2011/05/04 小樽のウミネコはホバリングしていた(その3)













