つれづれなるまゝに 日くらしPCにむかひて 心に移りゆくよしなし事を
そこはかとなく紫煙に託せば あやしうこそものぐるほしけれ

北国流れ旅[札幌編]#2-1

「北国流れ旅[札幌編]#1-4」のつづきは、札幌遠征2日目(4/18 [土])のこと。
この日の旅程は、「#0」で書いたとおりで、メインタスクはもちろん「MISIA星空のライヴXIII GRAND HORISON(★XIII)」札幌 2 daysの初日公演でございました。

★XIIIの会場・真駒内セキスイハイムアイスアリーナへは、ホテルを14:30頃に出発すれば余裕🍵だろうということで、予定どおり、「懸案その2」サッポロビール博物館に出かけることにしました。

アクセス情報によれば、札幌駅から路線バス🚍を使うか、

JR函館本線 「苗穂駅」にて下車 北口から徒歩約8分
札幌市営地下鉄東豊線 「東区役所前駅」にて下車 4番出口から徒歩約10分

だそうで、ホテルからなら乗り換え不要地下鉄ルートで行くことにしました。

それはよいとして、サッポロビール博物館開館時間は11:00~18:00と、スタートが遅い

前日行った札幌市資料館は9:00~19:00、翌日出かけることになる北海道庁旧本庁舎(赤れんが庁舎)は8:45~21:00と、公設の施設とは思えないほど朝早くから夜まで長々と開館しているのにね…。
でも、博物館を見学し終わるとちょうど昼食どきだから、サッポロビール園昼食を食べることしよう(これがサッポロビール博物館の遅い開館時刻🕐のからくりかも…😅)、のんびりとホテルの部屋で過ごしました。

   👟

10:30頃にホテルを出発し、ホテル最寄りの豊水すすきの駅から地下鉄東豊線🚇に乗ると、10分もかからずに東区役所前駅に到着。

土地鑑の無い地下鉄駅で地上に出ると方向感覚がグシャグシャなのはいつものことで、さて、サッポロビール博物館はどっち?
あいにく案内マップは無く、スマホでGoogleマップを見て位置と方角を確認して、歩き始めました。

前日の丘珠空港⇒栄町駅を歩いたときもそうでしたが、札幌市って、中心部を除けば、どの交差点も同じに見えて、正直退屈です😩 信号機に付けられている交差点名も「北8東8」とかと、味も素っ気もなく、ほとんど座標😂

淡々と歩くこと約10分で、到着

時刻は10:55🕐で、まだ博物館は開館していませんでした😅

積み上げた樽に文字が書かれています。

変体仮名混じりで、何と読むのか判りません😩

これは、このあと博物館で視たパネルによれば、サッポロビールのルーツである開拓使麦酒醸造所開所式の記念撮影📷に写っていたものを再現したのだそうで、

麦とホップを製すればビイルとゆふ酒になる

と書かれている(縦書き😂)のだそうな。

博物館の開館時刻までちょっとブラブラ…。

開拓使徽章にしてサッポロビールが長く商標として使っていた赤い五芒星★が、いったいいくつあるんだろ😂

こうしているうちに11:00🕐になり、入館❗ (現在は無料)

エレベーターで3階にあがると、巨大💥が出迎えてくれました。

サッポロビール札幌工場で使用されていた煮沸釜(ウォルトパン)。
ビールの仕込み時に麦汁を煮沸するためのもので、この工程が味や香りに大きな影響を及ぼす。ここでホップを加えて煮沸することにより、ビール独特の苦みと香りがつけられる。
  型 式:円筒整型 銅製(一部鉄)
  釜直径:6.1m
  釜部分高さ:6.5m(全高:約10m)
  製造年:1965年(昭和40)
      札幌工場創業当初から2003年(平成15)まで使用
  容 量:85kl
  総重量約13.5t
  製造会社:株式会社三宅製作所

だそうです。

そして、その隣にはビール酵母の大きな純粋培養装置(ハンゼンキューレ培養装置)

小型の純粋培養装置(カールスベルヒコルベン)が陳列されていました。

ビール酵母は、まずフラスコで培養されたあと、小型の培養装置でさらに培養し、そのあとで大型の培養装置に移されたのだそうな。

大きな培養装置の方は、デンマーク製で、大日本麦酒株式会社(1906年、大阪麦酒[アサヒ]・日本麦酒[ヱビス]・札幌麦酒[サッポロ]が一緒になった会社)が1911年札幌工場に導入し、1964年まで稼働していたんですと😲

ここまで書いてきて良く判らなくなっているのは、煮沸釜(ウォルトパン)の説明にあった、「1963年」製造のものが札幌工場創業当初から2003年(平成15)まで使用」となっていること。

このことをいろいろ調べてみましたがよく判りません😩

つきましては、「札幌工場操業当初」の問題は先送りしまして、次に進みます😅

【追記】解決しました😄⇒[補足] (2026/04/29 21:40)

   🕶

サッポロビール博物館の説明パネルは、明治2(1869)年開拓使の設置から始まっていました。そりゃ、「開拓使麦酒醸造所」をルーツとしているサッポロビールですから、これは当然と言えば当然のこと。
明治新政府発足の翌年、北海道の開拓を使命とする開拓使を設置するなんて、現在の省庁改編のスピードを考えると、信じられない素早さです😲

さらに驚くのが、開拓使が設立した官営工場が、とにかく幅広い業種にわたっていることと、

そのスピードです。
札幌に設置された官営工場だけでもこんな具合😲

拙速過ぎてうまく行かなかった工場もあったでしょうけれど、現代では信じられないペースで設置されています😲
マンパワーが足りたのかと心配になるほどです。

しかも、これらの官営工場に、ビール🍺やワイン🍷の工場が含まれているのがなんとも驚きです。
醤油や味噌なら判りますけれど(日本酒🍶は放っておいても北海道で作る人がやって来ると見込んだのか?)、まだ大方の日本人には、ビール🍺とかワイン🍷は馴染みが薄かったはずなのに、どうしてこんな発想が生まれたのでしょ😲

原野を開拓しつつ、新しい街をつくり、産業を興す…。
当時の開拓使のお役人たちはどれだけ忙しかった💦んだろうか…。

前日の札幌市資料館の展示で、大通基線として、北側を官庁街南側を民間用と区分したことを知りましたが、「もう一つの基線」を知りました。

札幌の街を南北に通る「創成川」「基線」にして、その東側「工場地区」としたのだそうで、麦酒醸造所も創成川の東側の現・サッポロファクトリーの場所に設置されたのだそうです。

いかにも「官製都市」らしい都市計画です。

なお、私が創成川という川を初めて知ったのは、2021年の東京オリンピックマラソン中継📺を視たときでした😅
札幌の川といえば豊平川しか知らなかったんですよねぇ😅

というところで「#2-2」につづきます。

🚩問題解決👍:2026/04/29 北国流れ旅[札幌編]#2-1 [補足] 
🚩つづき:2026/05/07 北国流れ旅[札幌編]#2-2