「かなり珍しい遺構を見てきた(その1)」のつづきです。
まず、「その1」で載せ損なった「古代水洗厠舎」の北北西側からの眺めから。
さて、秋田城趾全体のジオラマを見ると、
秋田城の核となる「政庁」域の南東を茶色の線=道路(旧国道)が横切っています。
Googleマップで現在の様子を見ますとこうなっています。
「政庁」跡と旧国道とはかなりの高低差がありますから、旧国道をつくる際、切通しをつくるように丘を切り開いたということなのでしょう。
ボランティアガイドのおじさんの説明によれば、明治天皇の巡幸に備えて、道路を造ったのだとか。
結構、う~む… の事実ではあります。
さて、秋田城趾には、「その1」で紹介した「政庁東門」と共に、外郭正門が復元されているそうですし、秋田城跡出土品収蔵庫なるものもあるそうですので、そちらも拝見しようと、東方面へ向かいました。
この咲き誇る白い花は何でしょうか?
アップにしますと、、
花びらの先端は丸くて(サクラではなさそう)、萼が長くて(ウメではなさそう)、、、少なくともサクラやウメと同じ系統かと思われますが、よく判りません
それはともかく、秋田城跡出土品収蔵庫らしき建物がありました。
公共建築物としては中途半端に古そうで、昭和40年代の建設かとお見受けしました。
事実、これが秋田城跡出土品収蔵庫でして、この中で熱心に説明してくれたおじさんによれば、来年春には新しい建物に移転するそうで、この建物は今年10月中旬には閉館してしまうのだとか。
おぉ、ラストチャンス一歩手前だった
この収蔵庫で、おじさんの説明を聞きながら出土品をしばし見学したのち、さらに東に進み、外郭正門を見物しました。
朱塗りの柱や梁が目に鮮やかです
が、結構色落ちが激しいらしく、朱にまみれた注意書きがありました。
この外郭東門より東側は、秋田城の外になるわけですが、気持ちの良い眺めが広がっていました。
上に載せた写真の右側に見える建物は、見学者用のトイレか四阿(あずまや)かと思ったところが、意表を突いて「井戸(復元)」でした
なぜかサッカーボールが転がっていたりして…
それはともかく、このエリア(鵜ノ木地区)は、
水辺で穢れを祓う儀式が行われた古代沼や、客館や寺院と考えられる建物群、「天平六年月」の木簡が出土した井戸跡や、今も水が湧き出ている平安時代の井戸、古代では秋田城だけで確認されている構造の水洗厠舎(すいせんかわや)などが復元されています。
というもので、こちらもきれいに整備されていました。
散策にはもってこいの場所、季節、気候でございました
しかも無料だし…
これで、仕事関係の電話が入ってこなければ言うことなかったのだけれど…
にもかかわらず、人がほとんどいない
もったいないなぁ…
でも、かく言う私も、秋田城趾や護国神社を含む高清水公園にやって来たのは、数十年振りなんですから偉そうなことは言えませんけれど
つづき:2015/05/04 かなり珍しい遺構を見てきた(その3:最終回)












