つれづれなるまゝに 日くらしPCにむかひて 心に移りゆくよしなし事を
そこはかとなく紫煙に託せば あやしうこそものぐるほしけれ

忘れた頃に年末の愛知旅行記を再開(その1)

大阪遠征を含む「MISIA星空のライヴVII -15th Celebration- Hoshizora Symphony Orchestra」参戦なんぞがあったりして、ながらく中断していた昨年末の愛知(名古屋・犬山)旅行記再開します。
最後の記事「愛知(名古屋・犬山)旅行記(その9)」を書いたのが1月18日でしたから、まるまる2週間空いてしまいました

気合いを込めて、明治村村営バスに乗って、正門から一気に最北端の帝国ホテルまで行ったところから話を始めます。

   

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明治村の顔ともいうべき、Frank Lloyd Wright「帝国ホテル中央玄関」、かつては「大日本帝国の顔」の一つだったわけですが、威圧的でないところがイイ
各フロアの高さが不均一で、なんか複雑で、初めて日本にやって来て、この玄関に入った外国人旅行者は、期待感でわくわくドキドキしたんじゃないだろうか?

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そして、ランプスタンド椅子など調度のデザインがまたおしゃれ

140203_1_03 ソファは普通ですが、こちらの椅子はまさしくWright調

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こちらの椅子もいいなぁ

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ホントは、喫茶室でのんびりできれば良かったのですが、明治村を歩き初めて1時間半の段階で、まだまだこれから という状況でしたので、お茶は断念しました。

ところで、「明治村の顔」帝国ホテル中央玄関、実は大正時代の建物です。
ガイドブックによると、

大正12年9月1日の関東大震災当日の開業から昭和42年新館への建て替えまで、日本の代表的なホテルとして東京を訪れる国内外の、政治家、著名人に利用された。

だそうです。
関東大震災の当日に開業ですか…
Wikipediaによれば、

9月1日に落成記念披露宴が開かれることになったが、関東大震災が東京を襲ったのは、まさに宴の準備に大忙しの時だった。周辺の多くの建物が倒壊したり火災に見舞われる中で、小規模な損傷はあったもののほとんど無傷で変わらぬ勇姿を見せていたライトの帝国ホテルはひときわ人々の目を引いた。ライトは二週間後このことを遠藤からの手紙で知り狂喜したという。

だとか。
そりゃ、開業の日に地震で倒壊していたら冗談にもなりません… 処女航海中に沈没してしまったタイタニックのケースもありますが…
ちなみに、同じく関東大震災でびくともしなかったと言われる東京駅の開業は大正3年12月20日です。

   

その東京駅復原前の姿模型で観ることができました。

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政府の中央図書館だったという内閣文庫の中には、藤沢穣さんという方が制作した「世界のミニチュア建築」が展示されていまして、これがまたステキ

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私が実際に観たことのある建物がたくさんありました。

こちらで書いた旧秋田銀行本店赤れんが郷土館)とか、

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こちらで書いた門司港駅とか、

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こちらで書いた旧近衛師団司令部(現 国立近代美術館工芸館)とか、

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こちらで書いた大阪市中央公会堂とか、

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一度は行ってみたいと思っている康楽館とか、

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「Everything」のPVを思い出してしまう横浜赤レンガ倉庫とか、

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もう、キリがありません

んなもんで、内閣文庫のあった場所(この辺り程度ですが)をお示しして、きょうはお終いにします。

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つづき:2014/02/08 忘れた頃に年末の愛知旅行記を再開(その2)