つれづれなるまゝに 日くらしPCにむかひて 心に移りゆくよしなし事を
そこはかとなく紫煙に託せば あやしうこそものぐるほしけれ

忘れた頃に年末の愛知旅行記を再開(その7)

3月2日の「忘れた頃に年末の愛知旅行記を再開(その6)」のつづきは、「明治村2丁目」のお話です。

140307_1_01

このエリアに入ったとき、時刻は15:00を廻っていまして、明治村の閉館まで1時間しか残っていない状況で、私としては、既に陽が傾いて結構寒かったし、先を急がねば と、ちょいと落ち着かない気分でした。

でも、「赤レンガ好き」の私、こんな「小品」にもときめいてしまいます

140307_1_02

「京都七条巡査派出所」(明治45年(1912)築)です。

説明によれば、

この京都七条巡査派出所は京都駅の近く、下京区七条の通りに面し、西本願寺・龍谷大学の入口角に建てられた。木造の建物であるが、当時流行していたレンガ造洋風建築に似せて化粧レンガを張りあげ、左官仕上げの帯を入れている。低く勾配の緩い屋根やかまぼこ形の玄関庇は銅板葺である。

だそうで、ちょうど、2011年3月こちらの写真を撮った辺り(記事はこちら)にあったのでしょうか?

140307_1_03

龍谷大学の建物も良かったな… と、東日本大震災直後の京都旅行を思い出します

一方、こじゃれた「京都七条巡査派出所」の隣りにあるのは、一転して石造りごつい「札幌電話交換局(明治31年・築)」

140307_1_04

明治~大正期に建てられた北海道(道南)の建物って、こんな石造りのものが多い印象を持っています。
「北海道開拓の村」に行ったときに実感しましたし、これまた2011年4月に訪れた小樽でもその思いを強くしました(下の写真はこちらの記事でも登場した梅屋商店)。

140307_1_05

この記事を書いている今、北日本は暴風雪に見舞われているようですけれど、こんな石造りならば暴風雪にも、そして、小樽にとってはトラウマになったいるような火事にも強い

こんな厳しい自然環境に対応した建物と対照的だったのが、いわゆる「町家(まちや)」でした。

「京の町家は鰻の寝床」なんて言われますが、京都に限らず、「町家」というものは、通りに面した間口だけでは計れないものあるものです。
例えば、こちら

140307_1_06

この名古屋市中村区船入町にあったという「東松家住宅(明治34年・築)」は、間口が4間と、まぁそこそこなのですが、横から見ると、

140307_1_07

こんな具合で、かなり奥行きがあります。
ガイドブックに載っている側面図と平面図を転載しますと、

140307_1_08

このように、かなり細長い… いわゆる「鰻の寝床」ですな。

私の故郷も、「町家」というか、「外町(とまち=町人街)」の町割は短冊状になっています。

おっと、、、諸事情によりまして、きょうはここいらで

つづき:2014/03/08 忘れた頃に年末の愛知旅行記を再開(その8)