「『ビバ初め』札幌旅行記 #2-8」のつづきです。
「駅」といえば、電車に乗り降りする場所なんですが、どうして馬偏なんでしょ?
日本での「駅」の歴史をたどれば、今からさかのぼること1300年以上前、大化の改新で設けられた「駅伝制」に至ります。
もちろん、駅伝といっても、陸上競技の駅伝ではありませんよ。
国交省のサイトから引用すれば、
- 道路に沿って人・馬・車を常備した駅を置き、駅を伝わって往来する交通手段。世界各地に存在
- 日本古代の駅伝制は7世紀に確立、朝廷が関与した駅制と国・郡が関与した伝馬制とに分けられる
というもの。
ですから、元をたどれば「道の駅」こそご本家で、わざわざ「道の駅」と名乗るのが本末転倒。現在、単に「駅」と呼ばれる施設こそ「鉄道の駅」と名乗るべきなのかもしれません
そんなことを考えたのは、北海道開拓の村で、「旧ソーケシュオマベツ駅逓所」を見たからです。
「駅逓所(えきていしょ)」というのは、北海道だけで運用された制度で、
物資輸送の継立(つぎたて)や、宿泊施設を必要とする場所に駅逓を設置し、交通網の整備をすすめた。駅逓所で業務を行う駅逓人や、駅舎、畑地、牧場、馬などは国の費用で賄われた。
道内で設置された官設の駅逓所は517ヵ所(千島41ヵ所)におよんだが、鉄道など交通機関の発達にともない、しだいに機能が失われ、昭和22年(1947)3月に全廃された。
というものだそうな。
上に写真を載せた「旧ソーケシュオマベツ駅逓所」は、「喜茂別村と徳舜瞥村(現在の大滝村=現在の伊達市大滝区)の中間地点」にあった建物で、事務所や客室があった母屋みたいなもの。
その隣には、厩舎が再現されていました。
説明板によれば、
この駅逓では、明治44年頃、50町歩(約50ヘクタール)の牧場と、8頭の官馬を持っていたという。
だそうで、とんでもなく広い牧場を持っていたんですな。
さすがは北海道です
実際に馬もいた (もちろん、模型です)
ね、どうして「駅」が馬偏なのか理解できる気がしますでしょ?
いやはや、知らないことが多すぎる…
つづき:2017/04/09 「ビバ初め」札幌旅行記 #2-10





