「お城と温泉の四国旅行記(その1)」のつづきです。
高松の栗林公園、入口から入ってすぐ右手に、なぁ~んか違和感を感じる建物がありました。
左右に子分を従えた極端な“和風”の建物です。
違和感を覚えるのは、単に私が「唐破風嫌い」だからなのでしょうか?
でも、数寄屋風の破風と唐破風の組み合わせは、やはり変です
この建物の前に説明板が立っていました。
曰く、
明治32(1899)年に「香川県博物館」として建てられた建物で、純和風の木造建築である。昭和13(1938)年より現在の「商工奨励館」と名を改め、建築後100年を越す建物である。
中では、讃岐の伝統工芸品などを常設展示している。
だとか。
なるほど…
瓦の「博」は「香川県博物館」の「博」なんですな。
向かって左側の「子分」では、昔の栗林公園や高松市の写真が展示されていましたが、中に入ると、外観の「ちょっと…」とは打って変わって、しっかりと採光が考えられていて、かなり明るい
これだけ明るいと、日本画や浮世絵版画といった美術品の展示は無理ですが、日光に負けない物の展示なら、エコに展示できます。
建物の目的は違いますが、富岡製糸場を思い出しました(こちらの記事をご参照方)。
現代の建築は、住宅は別として、基本的には電気の明かりを前提に設計されていると思うのですが、このご時世、自然光を有効に使おうとした(自然光に頼らざるを得ない)昔の建築をお手本にするべきではなかろうかと思いました。
そもそも、この栗林公園、栗の木がたくさん植えられているのかと思いきや、ひたすら松ばかり…
「栗林公園」の名前の由来は何なんだろう、と、不思議に思いました。
帰ってきてからWikipediaを見ると、こんな説明がありました。
名は栗林であるが、当初から松を中心とした庭園である。名の由来となった栗林は、かつては北門付近に存在していたが、伐採された(鴨猟の邪魔になるためとも言われる)。
やはり、皆さん、同じ疑問を持つようで…
もっとも、「ひたすら松ばかり…」なのは前半(北湖の辺り)までで、奥に進むと「松づくし」ではなくなってきます。
栗林公園には香川県の「モミジの標本木」なんてものありました。
平年では、紅葉が11月15日、落葉が12月2日となっている。
だそうで、まだまだ「青もみじ」でした。
それでも、ススキが穂を出しかけていて、秋なんだなぁと思った次第です。
それにしても、「一歩一景」とはよく言ったもので、実際、栗林公園は様々な表情、それもステキな表情をたくさん持っていて、正直、最後は膨満感的な感覚に襲われていました
でも、絶景であることに変わりはなく、こんな庭園を造ってしまったお殿様の威光と財力にひれ伏すしかございませんでした。
「お殿様の威光」といえば、こちらを見逃すわけにはいきません
栗林公園の西側、紫雲山から西湖に注ぎ込む滝なんですが、実はこの滝、人工の滝らしいのですよ
説明板によれば、
西湖の石壁を流れるこの滝は、藩主の観賞用としてつくられた。紫雲山の中腹に置いた桶まで人力で水を汲み上げたことから桶樋滝(おけどいのたき)という名前がついたといわれている。
現在は、西湖の水をポンプアップして流水している。
なんですって
日頃、「お金を持っている人には、そのお金を使ってもらわないことには経済は廻らないし、文化も冴えない」と考えている私ですが、これはどうなんだろうか… と考えました
「こんな浪費って…」と否定的に思う一方で、「水を汲み上げ」る仕事で生活をしていた人がいたという事実が重く思えて、かなぁ~り複雑な気持ちです。
まだまだ栗林公園の見聞録は続きます。
つづき:2013/10/19 お城と温泉の四国旅行記(その3)









