「『ビバ初め』札幌旅行記 #3-3」のつづきです。
明日から6月だというのに、今年1月初めの旅行記がまだ続いているのですから困ったものです。
さて、今回訪れた小樽市総合博物館・本館の目玉は、鉄道関係の屋外展示なのですが、冬期は閉鎖されていまして、私は小樽市総合博物館・本館の半分も楽しめなかったかもしれません。
冬の屋外展示はこんな具合。
完全に雪に埋もれています
これだけ雪が積もると、しょっちゅう除雪して屋外展示の公開を続けるのは、労力とお金のムダですよね…。
そうこうしているうちに、そろそろ小樽駅に戻らなければならない時間になってしまいました。
小樽市総合博物館・本館に入館するとき、「旧日本郵船株式会社小樽支店」との共通入館券を買ったのですが、旧日本郵船株式会社小樽支店に入館する余裕はありません
とはいえ、バス停に向かいがてら、外観だけ鑑賞しました。
説明板を転記しますと、
この建物は、明治39年、日本郵船株式会社が小樽支店として新築したものです。設計は工部大学校出身の佐立七次郎博士で、当時としては最も新らしい石造洋風建築です。
新築後間もなく、日露戦争の講和条約による樺太の国境画定会議が小樽で開かれることになり、この建物の2階会議室において両国代表による会議が開かれ、隣の貴賓室で祝杯が交わされました。
昭和30年、市がこの建物をゆずり受け、小樽市博物館として使用していましたが、昭和59年から62年にかけて保存修理工事を実施し、営業室、会議室、貴賓室などを往時の姿に復元しました。
だそうです。
小ぶりながら重厚で、かなりイイ建物です
それでいて、「二引の旗」が控えめにあしらわれた瀟洒なエントランスもイイ
内部も観たかったのですが、帰りの飛行機の出発時刻を考えれば、内部を観ることは叶わず、いつかまた小樽に来て、小樽市総合博物館・本館の屋外展示と旧日本郵船小樽支店の内部を拝見するぞ と心に誓ったのでした。
そして、路線バスに乗って小樽駅へ向かったのですが、どうも乗るつもりのエアポート快速に間に合わないかもしれない…
そこで、一つ手前のバス停でバスを降り、小樽駅へと駆け足しました。
前夜に続いての駆け足かよ…
ここでもこの冬に向けて買った靴が効果を発揮して、滑ることはありませんでしたゾ。
無事に予定していたエアポート快速に乗れて、新千歳空港に到着して、荷物を預けようとしたところ、長蛇の列
なかなか列が進まず、30分くらい並んでいたでしょうか?
そのうちに、私が乗る飛行機の出発時刻が近づいてきます。
う~む…と唸っていると、「出発時刻の近いお客さまはいらっしゃいますか?」という案内があり、私はファスト・レーンに移動して、荷物を預けることができました。
それはそれで良かったのですが、列に並んでいた30分あまりは何だったんでしょうね…
それにしても、北海道からさいたまの自宅に帰るために、仙台行きの便に乗るっては、やはり違和感がありました。
仙台行きの飛行機は、松島の上空から太平洋上に出て、海側から仙台空港に着陸。
着陸の直前、私は2011年3月11日の夕方近く、職場のTVで見た津波を思い出さざるをえませんでした
仙台空港で仙台駅行きの電車を待つ間、一服しながら仙台から大宮までの新幹線を予約しようしましたが、ガラケーの操作に手間取るうちに、乗りたかったはやぶさは満席に
仕方ないので、後続のやまびこで帰ることにしました。
仙台空港から仙台駅に向かう途中、車窓から、MISIAも出演する「東日本大震災 復興応援ライブ The Unforgettable Day 3.11」の会場、チームスマイル・仙台PITの場所を確認することができました。
ちなみに、私はもともとこのライヴに出かける予定はありませんでしたが、まさかMISIAが病気(急性肝炎)で出演をキャンセルすることになろうとは、予想できるはずもありませんでした。
仙台駅からのったやまびこは、ほとんど満席状態。
でも指定席に座ってしまえば問題はありません
そして、大宮駅で埼京線に乗り換えて、帰宅しました。
こうして、今年最初の遠征、札幌旅行は幕を閉じたのでありました。
実は、ちょっとした後日談があるのですが、それは内緒…
ふぅ~、旅行記が一つ完結した…






